がん看護専門看護師の神津三佳です。
5月12日はナイチンゲールの誕生日にちなみ、国際看護師の日です。
ナイチンゲールのとはどのような人だったのでしょうか。
1820年イギリス生まれ
日本は江戸時代。
ナイチンゲールはイギリスの裕福な家庭に生まれ、幼少の頃より快活で、様々な学問をおさめ、頭脳明晰だったそうです。
1851年ドイツで看護を学ぶ
31歳のとき、ドイツの病院付属のカイゼルスヴェルト学園で看護を学びます。
34歳(1854年)からおよそ2年間、クリミア戦争で負傷兵たちの看護にあたります。
スクタリ(現トルコ、イスタンブール)のイギリス陸軍病院で、劣悪な衛生環境のなか、おびただしい数の負傷兵を見取ります。
そして、下水道の整備や換気の徹底、栄養状態の改善等により、死亡率を改善させます。
1854年といえば、日米和親条約が結ばれ、鎖国が終わった年。西洋では知性に裏付けられた実践が開花していたのですね。
1860年看護覚え書出版、看護学校創立
1860年、40歳のとき、看護覚え書を出版。
国民の健康の実現に向け、情報を収集し、分析し、報告書にまとめ、膨大な数の著書を生み出しました。
また、同年、ナイチンゲール看護学校創立。
しかし実は、37歳のときに心臓発作、その後は慢性疲労症候群により、90歳で天寿をまっとうするまで、室内での活動しかできなかったそうです。
看護とは
看護覚え書では、病気は「回復過程」であり、看護は「患者の生命力の消耗を最小にするよう整えること」、
つまり、人間本来の自然の回復を助けることだと説明されます。
この言葉、いつも忘れないようにしようと思います。
